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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)7872号 判決

原告

青木勇

被告

堀越正美

ほか三名

主文

一  被告堀越正美、同戸井田初男及び同有限会社 東邦清掃社は各自、原告に対し、一〇五四万二三六四円及びこれに対する昭和六〇年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大正海上火災保険株式会社は、被告戸井田初男に対する本件判決が確定したときは、原告に対し、一〇五四万二三六四円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

五  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告堀越正美(以下「被告堀越」という)、同戸井田初男(以下「被告戸井田」という)及び同有限会社東邦清掃社(以下「被告東邦」という)は各自、原告に対し、四〇二〇万〇六七七円及びこれに対する昭和六〇年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告大正海上火災保険株式会社(以下「被告大正海上」という)は、原告に対し、被告戸井田に対する本件判決が確定したときは四〇二〇万〇六七七円及びこれに対する昭和六三年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和六〇年四月二〇日午後零時一五分ころ東京都八王子市並木町一四番二一号先甲州街道交差点(以下「本件交差点」という)において、右折の被告堀越運転に係る普通貨物自動車(多摩四〇く七五一二号、以下「加害車」という)が直進の原告運転に係る自動二輪車(一足立す二八四三号、以下「被害車」という)に衝突し、原告が受傷した(以下「本件事故」という)。

2  責任原因

(一)(1) 被告堀越は被害車に対する安全確認を怠り、漫然と右折進行した過失により本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条により、

(2) 被告戸井田は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条により、

(3) 被告東邦は、同被告役員である被告戸井田所有に係る加害車を日常業務に用いたものであるから自賠法三条により、各自連帯して本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告大正海上は、被告戸井田との間で本件事故を保険期間内とし、保険金額を五〇〇〇万円とする自動車保険契約を締結し、同契約約款によれば、同被告が本件事故により負担すべき損害賠償額が確定したときはこれにつき被害者の直接請求に応ずべき責任を有しているのであるから、同被告に対する本判決の確定を条件として前記てん補責任の範囲内で右損害賠償額を支払うべき責任がある。

3  原告の受傷内容と治療の経緯

原告は本件事故により脳挫傷、右橈骨骨折、右第一趾挫傷、歯牙破折及び急性歯髄炎の傷害を負い、昭和六〇年四月二〇日から同年五月一四日まで東京医科大学八王子医療センター(以下「東京医大」という)、同日から同年八月三一日まで医療法人哲仁会井口整形外科病院(以下「井口外科」という)にそれぞれ入院(合計入院日数一三四日)し、その後井口外科に昭和六一年六月二一日まで通院(この間の通院総日数は東京都済生会中央病院(以下「中央病院」という)及び同向島病院に脳断層撮影のための各一回を含め四六日である)するとともに、マキタ歯科医院に昭和六〇年八月一〇日から同月三〇日までの間に七日通院して治療を重ねるなどしたが、昭和六一年六月二一日次のような脳挫傷による後遺障害を残して症状が固定した。

(一) 右不全片麻痺による右足跛行、右手握力減少、右手足の敏捷性喪失

(二) てんかん発作の可能性(現在も投薬中)

(三) 記憶の悪化

(四) 顔面神経麻痺

右のとおり、原告は事務的作業のごとき軽易な労働以外には服することができなくなつたものであり、その程度は自賠法施行令二条別表掲記の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という)七級に該当する。仮にそうでないとしても前記各症状に照らすとき八級には該当するというべきである。

4  損害

(一) 入院付添費 四万円

原告が本件事故後意識不明であつた五日及びその後の五日間につき両親が付き添つたことに要した費用であり、一日四〇〇〇円として右一〇日分の合計額である。

(二) 入院雑費 一六万〇八〇〇円

一日一二〇〇円として一三四日分の合計額

(三) 父母の見舞・病院移動交通費 八万二五三〇円

(四) 医師への謝礼 一万円

(五) 休業損害 三〇万七五二〇円

原告の本件事故による欠勤は一〇四日に及び、このため本来受くべき給与から一八万二五二〇円及び賞与から一二万五〇〇〇円の合計三〇万七五二〇円を控除され、右相当の損害を被つた。

(六) 逸失利益 二七七九万九八二七円

原告は訴外森ビル管理株式会社(以下「森ビル」という)に勤務し、ビルの管理業務(蛍光灯の交換、室温及び風量調整等の脚立による高所作業のほか機械の整備、火災等緊急時の初期消火等)に従事していたものであるが、前記後遺障害のため事務的作業の類の軽易な労働以外には服することができなくなり、使用主の配置換えの配慮を受けるなどして就労に復帰しているが、昇格、昇給が遅れるなど労働能力の大幅な減少を余儀なくされている。その喪失割合は五六%とみるべきであり、症状固定日(昭和六一年六月二一日)から六七歳までの四〇年間にわたり右割合による得べかりし利益を失うことが確実というべきである。

そこで、原告の昭和五九年度における年収二八九万三〇九一円に翌六〇年度に得られたはずの昇格に伴う増収分五〇万円を合した三三九万三〇九一円を基礎に中間利息控除につきライプニツツ方式を採用して右の逸失利益の現価を算定し、その内金である二七七九万九八二七円を本訴において請求する。

(七) 慰藉料 一〇〇〇万円

本件事故による入院、通院、前記後遺障害(結婚も困難な状態となつた)等により被つた原告の精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇〇万円を下らない。

(八) 損害の填補 一二〇万円

前記(一)ないし(八)の総損害額は三八四〇万〇六七七円となるところ、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という)から一二〇万円の支払いを受け、右の限度で損害が填補されたので、残存損害額は三七二〇万〇六七七円となる。

(九) 弁護士費用 三〇〇万円

原告は被告らが誠意ある態度を示さないため、やむなく本訴提起と追行を原告訴訟代理人に委任し、昭和六二年六月三日着手金として五五万円を支払い、本訴の勝訴判決が確定したときは認容額の一〇パーセントの報酬を支払う旨約束し、右相当の損害を被つたところ、その内三〇〇万円を本訴において請求する。

5  よつて、原告は被告堀越、同戸井田及び同東邦各自に対し四〇二〇万〇六七七円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年四月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告大正海上に対し同戸井田に対する本件判決確定を条件として四〇二〇万〇六七七円及びこれに対する当審口頭弁論終結の日の翌日である昭和六三年三月一五日から支払ずみまで右同様の遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2の責任はいずれも認める。

3  同3(原告の受傷内容と治療の経緯)の事実は、受傷内容のうち脳挫傷、右橈骨骨折、歯牙破損及び急性歯髄炎の点、入通院先及びその期間、後遺障害として右不全麻痺があつたこと並びに症状固定日の点は認めるが、第一趾挫傷は否認し(右傷害は本件事故以前原告が自動二輪車により起こした交通事故(以下「旧事故」という)により生じたものである)、その余の事実は不知ないし争う。後遺障害の程度についてはいわゆる事前認定において後遺障害等級九級とされている。

4  同4(損害)の事実は(八)の損害の填補の点(ただし、填補額は右にとどまらない)を認め、その余は不知ないし争う。殊に(六)逸失利益に関しては、仮に原告に労働能力の低下があつたとしても、現実収入には減少がないのであるから、逸失利益としての損害を観念することはできないというべきである。

なお、原告は旧事故により右足第一、二、三、四趾を切断亡失しており、このため既に本件事故以前から梯子、脚立等の利用時につま先に力が入らず作業上支障を来たしていたものである。

5  同5の主張は争う。

三  被告らの主張

1  過失相殺

本件事故は交差点における右折の加害車と直進の被害車との衝突事故であるが、右事故発生には原告の以下のような過失が寄与しており、損害賠償額の算定に当たり相当な過失相殺が行われるべきである。

すなわち、加害車が右折のため対向車線に進入し、交差道路の横断歩道上の歩行者を回避するため一たん停止して待機していたところ、原告はその約四〇メートル手前で対面信号が青色であることを確認したことから、前方注視を怠つたまま高速度で進入したため、加害車の発見が遅れ、その左前側部に衝突したものである。

2  損害の填補

原告は、その自認に係る自賠責保険金一二〇万円のほか、被告堀越から三八万円、同大正海上から二七〇万八八三四円(内治療費分が二四九万五四三四円、同大正海上からの損害金内払が二一万三四〇〇円)の合計三〇八万八八三四円の支払を受け、右限度で損害が填補されている。

四  被告らの主張に対する認否

1  過失相殺の主張は争う。右折車両は直進車両の進行を妨害してはならない基本的な注意義務(道路交通法三七条)があるところ、被告堀越は自車線で赤信号により停止中(すなわち右折開始直前の時点)に、同じく対向車線で信号待ちをしている被害車を視認していたのであるから、右注意義務を遵守して被害車の進行を優先させるべきであつたのに、これにより先に右折しようとして本件事故に至つたものであり、その責任は挙げて同被告にあるというべきである。

仮に、何ほどかの過失相殺がされるとしても、原告主張の弁護士費用相当の損害は過失相殺の対象とはならない。

2  損害の填補については、自賠責保険の一二〇万円のほか、被告堀越から三八万円の填補を受けていること、治療費その他損害内金が被告大正海上から支払われ、原告の損害が右限度で填補されていることは認めるが、その額については不知。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の事実は当時者間に争いがない。

二  そこで原告の受傷内容と治療の経緯について判断する。

請求原因3のうち、原告が本件交通事故により脳挫傷、右橈骨骨折、歯牙破損及び急性歯髄炎の障害を負つたこと、入通院先及びその期間(入院は一三四日、通院は昭和六〇年九月から昭和六一年六月二一日までの間に五三日)、症状固定日(昭和六一年六月二一日)、程度の点を除きそのころ右不全麻痺があつたこと、事前認定で後遺障害等級九級とされたことの各事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に成立に争いのない甲一号証、七号証、乙一号証の一〇、二号証の一ないし三、三号証、四号証の二ないし七(乙四号証は原本の存在とも)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、(一)原告は本件事故の約二年前に自動二輪車を運転して時速約六〇キロメートルで走行中中央線を越えて進入してきた対向車と衝突する事故に遭つており、右事故により右足指第一、策四趾を基部から完全に切断亡失し、第二、第三趾を末節部から切断して第五趾のみが完全な形で残るという後遺障害(後遺)障害等級の九級に該当する)を被つている、(二)原告は本件事故直後五日間は意識障害があるなどしたが、昭和六〇年五月一四日に井口外科に入院後はリハビリを中心に治療を重ねて順調な回復経過をたどり、昭和六一年六月二一日に症状が固定したものであるところ、右固定時の井口外科の診断内容は右上・下肢に軽度の痙性麻痺がみられ、前記右足指の切断も加わつて右足立ちの際のバランスが不良であるほか、右下肢の筋萎縮、筋力低下、握力低下(右利きで、左五六kg、右三五kg)、膝関節に自働時わずかな機能差を生じていることが認められるが、下肢短縮はなく、脳障害について特記すべき所見は示されていない、しかし、(三)本訴提起後である昭和六二年一〇月三一日の井口外科の診断によれば、右上・下肢の筋力低下、筋肉の異常緊張による右足跛行、右膝関節動作不全及び右手握力低下(右三五kg、左四五kg)、右各障害による右手、足の敏捷性喪失、脳挫傷による影響として、CT検査により左側頭部に低吸収域が認められ、脳実質障害が強く疑われるため将来外傷性てんかん発症の可能性がある(昭和六三年二月現在抗てんかん剤の投与を受けている)。ただし、これまでにてんかん発作が生じたことは一度もなく、脳波検査の結果はほぼ正常である。右のほか軽度の顔面神経麻痺があるが、記憶力の低下、判断能力など知的作用に対する障害については何ら指摘はなく、外形上もかかる面での障害をうかがわせる徴表は認められない、(四)原告は、井口外科退院後は医師の勧めにより一年半余にわたり機能回復訓練のためジヨギング、水泳などを行つているが、これにより別段の危険は生じておらず、この間通院治療も相まつて、通常の健康を回復し、昭和六〇年一二月ころから平常勤務に復帰した後は通院時以外欠勤することなく勤務に就いている。もつとも、勤務内容は脚立を利用する高所作業(蛍光灯の交換、室温調整、機械の点検整備等の際五〇センチメートル程度の脚立を用いる)を除く機械の点検整備、書類整理等の作業に変つている、等の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  進んで損害について判断する。

1  治療費 二四九万五四三四円

原本の存在に争いがなく、弁論の全趣旨により成立を認める乙四号証の一、原本の存在、成立ともに争いのない同号証の二ないし七及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故による受傷の治療のため合計二四九万五四三四円を要し、右相当の損害を被つたことが認められる。

2  入院付添費 〇円

原告が本件事故直後の五日間(東京医大入院中)意識障害のあつたことは前記認定のとおりであるが、同医大の診断書である前掲乙二号証の一には治療上付添看護が必要であつたことを認める記載はなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。仮に原告主張のごとく両親が心配の余り付添つたとしても、右は治療に必要な付添とは直ちに認め難く、慰藉料のしんしやく事由の一つとして考慮すべきものである。

したがつて、入院付添費相当の損害を求める原告の請求は理由がなく、失当というべきである。

3  入院雑費 一二万〇六〇〇円

原告が合計一三四日間入院したことは当事者間に争いがなく、一般に入院中いわゆる入院治療費とは別に相当の諸雑費の支出を余儀なくされることは経験則上明らかであるから、原告も右期間に相当の諸雑費の支出を強いられ、右相当の損害を被つたことが推認されるというべきところ、受傷の内容、入院期間、治療内容その他諸般の事情に徴し、右費用は一日当たり九〇〇円とし、合計一二万〇六〇〇円と認めるのが相当である。

4  父母の見舞・病院移動交通費 〇円

原告は、頭書名目の損害として八万二五三〇円を請求するところ、これを認めるに足りる確かな証拠はない。もつとも、前記認定の受傷内容、入院、転院の事実等に徴し、父母の見舞・病院移動に相当の費用を要したこと及びこれが本件事故と相当因果関係のある損害であることは首肯できないではないので、この点は慰藉料算定の一事由として考慮することとする。

5  医師への謝礼 〇円

原告が医師に対し、謝礼を支払つたことを認めるに足りる証拠はない上、そもそも右謝礼金は仮に支払の事実があるとしても、患者が医療費とは別に支払義務を負うものではないから、本件事故と当然に相当因果関係のある個別の損害と認めることはできず、本件においては入院雑費として評価されているものというべきであり、原告の右請求は理由がなく、失当である。

6  休業損害 三〇万七五二〇円

前記認定事実に、前掲甲七号証によれば、本件事故により原告がいわゆる休業損害というべき損害として三〇万七五二〇円の損害を被つたことが認められる。

7  逸失利益 〇円

前記後遺障害の内容程度、成立に争いのない甲二号証、三ないし六号証の各一、二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時満二六歳で森ビルに勤務し、ビルの管理業務(蛍光灯の交換、室温及び風量の調節、機械の点検整備、火災等緊急時の初期消火等のビル管理業務全般)に従事していたところ、本件事故後は前記認定のとおり膝の具合が悪いため脚立(五〇センチメートル程度の高さのものが中心)に上つて行う蛍光灯の交換等のいわゆる高所作業から外され、勤務先のビルより作業員の多いやりくりの容易なビルへ配置換えとなり、脚立を用いない作業や書類整理の作業等に従事するようになつたほか、右手の握力の低下のため機械整備の際用いるモンキースパナの操作に不自由を来たすなどビル管理会社の社員としての業務の遂行に支障を生ずるに至つたこと、本件事故のため昇進に不可欠な技士補への昇格が同期入社の社員に約二年遅れた上、給与面でも昭和六二年度においてなお同期入社社員との間に年収で約四五万円(約一二パーセント)の各差が生じている(ちなみに、昭和六〇年度は約七三万円、昭和六一年度は約四九万円である)ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件事故後原告は、昇格、昇給面で同期入社社員にかなりの遅れを取り、その影響は少なくとも向後数年間は残存するものと推認されるが、他方、業務の支障ないし配置換えの直接の原因(筋力低下であり、てんかん発作の可能性ではない)が将来も永続することを窺わせる確かな証拠はないし(原告はジヨギング、水泳等かなり激しいスポーツによる機能回復訓練により相当な健康回復を得ており、年齢も若く、将来にわたり右肉体的状態ないし業務への支障(旧事故による影響の残存は本件事故とは無関係であり考慮の限りではない)が固定するものとは断定し難い)、仮に相当期間影響があるとしても、その期間、程度を的確に把握するに足りる資料もなく、更に外傷性てんかん発作の点も現在までこれが発症しているものではないことは前記認定のとおりであり、前記脳波検査の結果やスポーツを含め日常生活の上で別段健常人と差異のない生活を営むことができていること等を合わせ考察すると、原告に主観的な不安感があることは別として、客観的見地から、原告について、右外傷性てんかん発症の可能性があるとされていることをもつて、将来の労働能力の減少が高度の蓋然性をもつて予測されるほどに至つているものとは認め難いといわざるを得ない。

すると、原告の後遺障害による将来の逸失利益を公平、的確に把握することはできないというべきであり、この点についての原告の請求は理由がなく、失当というほかはない。もつとも、前説示から明らかなとおり、原告におよそ逸失利益を観念し得ないというものでもないのであつて、後記慰藉料の算定に当たつては右の点を十分しんしやくすることとする。

8  慰藉料 一、三〇〇万円

本件事故の態様、受傷の内容・程度、治療の経過(入・通院の期間のほか、不確定ながら交通費用の支出を余儀なくされたこと、両親に付添や見舞を強いる結果となつたこと等)、後遺障害の内容・程度(なお、旧事故による足指切断の後遺障害は重いものであり、これが本件事故による後遺障害に影響している点も重要な事情としてしんしやくする)、外傷性てんかん発作の可能性等前記逸失利益に関する説示の経緯その他本件審理に顕れた一切の事情を合わせ考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は一二〇〇万円と認めるのが相当である。

9  過失相殺 一割

本件事故は直進の被害車と右折の加害車との衝突事故である。ところで、成立に争いのない乙一号証の一ないし九及び一八によれば、被告堀越は対面の赤色信号で停止中約五八メートル前方の対向車線二輪車停止線地点に同じく停止中の被害車を認めていたこと、同被告は対面信号が青色に変ると同時に被害車より先に右折しようとして時速一〇ないし一五キロメートルでいわゆる小回り右折にかかつたところ、直進してきた同車が加害車の左前部側面に衝突したこと、右停止線から衝突地点までは約四五メートル、加害車が停止位置から衝突地点まで走行した距離は約一三メートルであること、本件交差点は変形五差路交差点であつて、被害車の進路左側には交差道路が二路設けられており、加害車は右のうち自車に近い方の交差道路に右折進入しようとしたこと、本件道路の指定制限速度は時速四〇キロメートルであり(秒速約一一・一メートル)、前記二輪車停止線から衝突地点まで達するのに平均四〇キロメートルであれば約五・二秒を要することになり、一方、同被告は発進から衝突地点までに、前記距離及び速度に微して約三・一ないし四・二秒を要する計算になること、これに双方が停止状態から発進したこと及び双方共衝突直前に制動装置を採つていることを合わせ考察すると、被害車は相当な急発進の上、瞬時とはいえ途中で前記制限速度を大幅に上回る高速度で直進したものと推定されること等の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、交差点通行時の基本的交通法規範に照らし、被告堀越の過失が重大であることはいうまでもないが、原告においても交差点内の状況を十分確認しないまま、漫然と高速度で進入した落度があることを看過することはできないから、損害の衡平な負担の理念に照らし、少なくとも一割の過失相殺を行うのが相当というべきである。

10  損害の填補 四二八万八八三四円

原告が自賠責保険から一二〇万円、被告堀越から三八万円、被告大正海上から前記1認定の治療費二四九万五四三四円の支払をそれぞれ受け、右限度で前記損害が填補されていることは当事者間に争いがない。また、原本の存在、成立ともに争いのない乙六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が同被告から損害金の内払として二一万三四〇〇円の填補を受けていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

すると、原告は右既払金合計四二八万八八三四円の限度で損害の填補を受けていることになるから、残存損害額は一〇〇四万二三六四円(一円未満切捨)となる。

11  弁護士費用 五〇万円

本件事案の難易度、損害認容額、審理の経緯、損害の早期回復のために用意されている自賠責保険金(後遺障害分)の請求が行われていない(本訴提起前に自賠責保険金の被害者請求手続を取ることは原告代理人の責務である)こと等の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は五〇万円と認める。

四  よつて、原告の本訴請求は、被告堀越、同戸井田及び同東邦各自に対し一〇五四万二三六四円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年四月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告大正海上に対し同戸井田に対する本件判決の確定を条件として一〇五四万二三六四円及びこれに対する本件判決確定の日の翌日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから認容するが、その余の請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言(ただし、被告大正海上に対する右申立は相当ではないから却下する)につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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